•  1.当社の特徴
      •  2.実例に基づいての説明
      •  3.出版と自費出版の違い
      •  4.皆様の疑問にお答えします
      •  5.自費出版としての進め方
      •  6.書店流通させるには



  自費出版としての持込から当社の出版になった画文集「シベリア抑留1450日」出版の経緯、実際の話です。

 
 
1.内容の判断と出版への道のり
著者との出会いから本になってゆくまで
 
  もともと著者の絵が一部の人に興味を持たれ、その人々が実行委員となり当社に依頼が来ました。これは自費出版として600部印刷されました。関係者の必死の活動の結果完売になりました。絵は200点収録され、画集としての出版でした。 
それが終わってから、委員と著者宅を訪問した時に、それ以外に200点ほど未使用の絵があること、ルーズリーフノートに細かい字でびっしり書かれた日記風の文章があることが披露され、目を通して愕然としたものです。しかも内容が、私らがほとんど知らなかった暗い事件で、文章をかいつまんで読んでみると、「売れる売れないの判断をしてはいけない貴重な記録」と思いました。早速そのコピーを預かり、出版人らに判断を仰ぎました。

 
 2.出版の決断
判断しないという判断
 数日後その出版社から、「自分のところで出したい」と言う申し出となりました。ただ、画と文合わせて300頁台に縮めないと定価的に難かしいとのことでした。他の数社もほぼ同様の回答でした。これでは「全部の画とほとんどすべての文章を本にして残すことはできない」として、当社で覚悟の出版で行くことに決めました。もちろん著者からは一切の金銭的な協力も頂きません。独自の出版です。

 3.著者の了解を頂き
契約と編集方針へ
 著者は90歳に近い高齢で、しかも入退院を繰り返す療養中の身でしたので、出版契約も実質的な著作権者である息子さん立合いで行われ、一切をお任せ頂き始まりました。

 
 4.文章を全文入力
いきなりデータ化で後工程の合理化
 手書きのままでは、文章の総量が掴めません。量るためにも手を入れるためにも、パソコンで全文を入力し、およそのページ数を出しました。組み方によりどの程度に変化するかを幾度も試し、次に内容のチェックに入りました。

 5.内容と長さの調整
書き換えではなくブロックカット方式で
 
 これも一流出版社のOBの方が担当し、その結果、重複部分、くどい部分がかなり含まれていることから、全体量の圧縮が可能と判断されました。しかし、一部を書き換えますと著者の文体との違和感が残ることもありますので、著者の言い回しや癖、難しい漢字も良い意味で残すために、重複部分、不必要部分のブロックカット方式で進めることに決定しました。

 
 6.漢字や表記の統一
若い読者のために
 旧字体は出来るだけ現代の字体に改めないと、若い読者に読んでもらえません。難しい文字にルビ(ふりがな)をつけ、和数字は算用数字に、表記の統一も行います。著者は長い間にロシア語に堪能となり、会話の中にロシア語が出ますが、日本語の意味をつけ、分かりやすくする努力をしました。

 
 7.カット部分が何時までも分かる
パソコンの技術がなければ
 現代のパソコンの能力は、削除部分をただ消し去るのではなく、何時までも何を消したのかが判るようにプリントアウトしたり、画面で確認できる機能があります。その技術が駆使され、後で点検した後に部分復活に威力を発揮しました。画があって文章がないもの、逆に文章があるのに絵がない部分は困りました。

 8.最後の段階へ
著作の心をだいじに
 
 著者は20年も経ってから、思い出したところから書き起こし、前後もルーズリーフで差し替え、その文章を読みながら少しずつ画を描きました。折に触れ戦友に見てもらい確認し、完成へと10年の歳月がかかりました。そういう血と汗と執念の結晶だったのです。わたくしどももその著者の心と一体になって神経を研ぎ澄まし、執念を燃やして困難な編集作業を進めました。

 
 9.最終頁数の確定
本の厚さや制作費の確定
 約半年をかけて作業は終盤に入り、切取り過ぎた部分を復活させるなどして絵と文のマッチングをたしかめ、画を352点、残る文章とあわせて608頁(印刷の版の16頁で割切れる数)に調整しました。

 10.大胆な横組みの採用
絶賛の要素の一つに
 文章をできるかぎりカットしないよう、本文を9ポイントという小さい文字にせざるを得ませんでした。すると一行の長さでは読みにくいので2段組にしました。このような戦記もので随筆風の著作を横組みにすることは、専門家の反対もありました。しかし、数字、外国語も多く入ることや、読者を若い年齢層に期待する意味も含めると、あえて横組みにする必要を感じました。これは後に、あのラジオの秋山ちえ子先生に「読みやすい」と絶賛され、NHKのラジオで紹介して頂き、瞬く間にヒット街道に躍り出ることになりました。シベリア抑留関係だけでもすでに600点以上の出版物が確認されています。「また出たか」ぐらいに評価される恐れもありましたが、専門家集団の仕事は、その内容と体裁の完成度により、高い評価を得ることになりました。

11.すべて一流の人材と材料で
人のチカラと良い材料
 装丁は一流の某書店の専門家、編集、総括監督もすべてこれら一流出版人と共に進められ、一流の校正者により念入りなチェックを受けました。
 材料は本文には印刷効果の高い高級塗工紙、表紙が布装に金箔押し文字、製本はもちろん最高級の糸かがり上製本です。本文だけで608頁、カバーも掛けます。帯には歴史と戦争ものでは定評ある半藤一利先生のお言葉を入れることが叶いました。

 
 12.「えいやっ の定価」とマスコミの反応
割安感、お得感もヒットの要素?
 
 ちょっと大きいA5判(148×210)のずっしりとした本は、2940円という破格の安さ。これは一冊でも多く世に残したい「心で点けた定価」です。「たとえ原価を取り戻せなくても良い」これでは儲かるわけがありません。しかし、まったく予想外でしたが、これをマスコミが見逃すわけはなかったのです。
 出版記念パーティーも打て、一流紙をはじめ30件もの記事となりました。
 
  秋山ちえこ先生の放送は翌日から電話が鳴り響く騒ぎになり、読売、毎日の書評、NHKのラジオ深夜便、週刊文春の書評と引き続き異例の重版3刷りとなりました。この手の本としては大成功で推移いたしました。
 偶然のマスコミ対策の成功例と言えましょう。このように「良い本」を造ることが、この場合は廉価でしたが、少し品質を落として安っぽくなるよりも、良い本にして、高めに販売すると言う手もあるのかと知りました。

 以上が「自費出版」から「出版」になり成功した 画文集「シベリア抑留1450日」という本の一部始終です。どうかウェブで「シベリア抑留1450日」を検索してみて下さい。これが当社の「印刷―出版のコラボレーションならではの仕事」の成果です。

 


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